それにはあまり意味がない

自由に生きて、強く死ぬ。

「かもめ食堂」(http://www.kamome-movie.com/)


詳しい内容はリンク先へって事で省略。小林聡美さん、片桐はいりさん、もたいまさこさんっていうかなり強力な女性達が、フィンランドで食堂を営んじゃうっていう、これまた魅力的なお話。全体的にスローでロハスな雰囲気が漂う中、派手な事件が起こるわけでもなく、物語を見てるというよりも、「時間が過ぎていく」って感覚でした。この映画は正に、私の中では「女性的」ってカテゴリーに分けられるもので、私がずっと表現したかった事がそのままずばり描かれているような、「何となく良い感じ」。そんな作品だったと思います。三人の女性達はそれぞれ、恐らく何らかの理由や過去があってフィンランドに来ているのですが、それらは映画の中では語られません。答えに近いものは提示されるのですが、その答えに重きを置いていないというか、そんな事よりも「何だかんだでフィンランドにいる」っていう事の方が重要なんだよっていう、そんな描き方がされているように感じました。「何故」とか「理由」とか「過去」とか、そういう事はどうでもよくて、「ただ、そこにいる事。そこに在る事」の方が重要だし、その事実に愛着を感じたりもする。そんな「偶然の必然性」の肯定、その偶然の受け入れ方がすごく優しくて。物事をありのままに受け入れる、受けとめてみる事の重要性というか、そういう「強さ」ってやっぱり女性の方があるような気がするし、そういった強さの描き方が本当に女性的だなぁと思いました。同時に、男性的な人にはこういう「偶然」がただただ過ぎ去って、積み重なっていく様な、「理屈じゃない」部分で展開していく物語とか描き方っていうのは、ひょっとしたら理解しにくい領域なのかなぁとも感じましたね。うん、やっぱり猫が好き


それでね、映画観終わって映画館出た時に、ふと「完璧なものを観ちゃった。」っていう感覚に捉われたんですよね。あくまで私の中で完璧っていう意味なんですけど。自分で脚本書いて劇団作って、こういうのが作りたかったんだよな、っていうね。でも今考えればわかるのですけど、「理想」が先行してる脚本って、やっぱり失敗しちゃうんですよね。それに気付いて、今までの理想とか一回忘れて脚本書いて、自分で役者やって、パンツ一丁に靴下履いて客前に出てみたら、まぁ素人レベルとしてはお客さんに多少喜んでもらえて。うん、自然体ってやっぱり重要なんだよ。それこそ正に「女性的」なんだと思うし。


っていう事が前回から書きたかったんだよねって、結論に辿り着くまでが長すぎるわ。日記だっつうの。遺書かこれ。