それにはあまり意味がない

明日の朝、目覚めるための夜の過ごし方。

見えてないから楽しいはず。見えてないから生きていこう。

劇団四季の感想だとか、リボンの騎士における辻さんの天使っぷり(蘇れ~って歌いだす時の辻さんの神々しさったら!)だとかをどんどん書いていきたいのですけれども。とにもかくにも九月の始めにゼミの合宿があるのです。そこで卒論の中間発表があるため、最近ようやく卒論資料を読み込み始めてみています。それでもまだまだ目の前には読んでない資料が山積みなもんで、今週末を目処にあと2、3冊は読んでからとりあえず発表に備えたいと思います。そんなこんなで就活とは縁遠い日々を過ごしている訳ですが、一応真面目に取り組んでいたときの事を思い返してみると、こんな言葉をよく見聞きしていた事を思い出しました。


「就活って恋愛みたいなもの」「必ず自分に合った会社が見つかるって!」


こういう言葉を例えばmixiの就活コミュニティで見かける度に、何て薄っぺらい言葉なんだろうねぇと思っていた訳なんですが、でもこれって意外と本質を突いた文言だったんだなぁと今更ながらに実感しています。卒論資料で読んだ「カーニヴァル化する社会」では近年のニート問題を理論的にしっかり論じきっていたのですが、今回はそれをもう少し身近な例えで表現してみたいと思います。


就活 = 恋愛であるとするならば、容姿も内面も最高な人(一流企業)をゲットできるのはイケメン(能力の高い人間)に限られます。そしてイケメンはイケメンであるが故に、向こうから交際を申し込まれる事も多々あり「キープしておく」事も許されてしまいます(内定複数ゲット)。イケメンより多少落ちる人達も、見てくれは良いけど多少性格が悪い人達(例えば重労働だけど高収入みたいな)まで視野に入れれば、交際相手がいないと言う状態には陥りません。


企業側を女性に例えてみると、告白されるのは嬉しい事だと表向きは言うけれど(学歴関係なく誰でもエントリーしてね、みたいな)、実際付き合いたいのはイケメンでしかあり得ない訳で。さらに言えば「私は外見に左右されずに性格重視で男を選ぶの」っていう甘い言葉に騙されていけません。それはあくまで「その人の基準で最低限の容姿」を持っている男達の中から性格の良い人間を選ぶっていう、ある意味当たり前の事を言ってるだけなんであって、決して「本当に内面を見極める(例えば長期間に渡って採用試験をして人間性を見極める)」事と同義ではないのです。そして何を持って「イケメン」とするかという基準も、現実の恋愛と同じように即物的な基準でしかありません。その基準とは実際の能力や人間性、経験ではなく、突き詰めれば面接時のアピール能力の有無なのです。もちろん短い時間で自分の能力を伝える「プレゼンテーション力」というのは重要な要素の一つではありますが。でもそのプレゼン力とかコミュ力程曖昧なというか、見極めに時間がかかる能力もないだろうと思っちゃいますし、そもそも仕事に必要な能力ってそれだけなのかい。そういうとこにどうしても違和感を感じてしまうのは、やっぱり私が負け組だからなんでしょうね。うん。いやもちろん、私には実際の能力もないのでどうしたって負け犬の遠吠えにしかならないのですけども。「本当の自分を理解して」なんて事がどれだけ馬鹿げているかもわかっているつもりです。そもそも「理解して!」だなんて臆面もなく言い放っていいのは梨華ちゃんだけだ! まぁそれは置いといて。


このようにして所謂「理想の恋愛」はイケてる人達の中だけで完結していきます。しかし、現実的にイケメン層は全体の一割程度の人間しかいないわけですから、残りのフツメンさんは相手をどんどん妥協して恋愛しなければいけない事になる訳です。ここからなんですよ、本当に辛いのは。多少の妥協で運よく相手が見つかった人は良いんです。恐らくこういう人達が言うんです「頑張れば絶対良い人(就職先)見つかるって」なんて。でも、現実の恋愛に置き換えればそんなアドバイスは何の意味も持たない事が分かるはずなんです。ものごっつい良い女(理想の就職先)に片思いして、でもその娘は他のイケメンと付き合ってて。しょうがないから他の子(第一志望群)に恋しようとして、でもその子たちもどんどんイケメン達に盗られていくと。そんな中でそこそこの女と付き合ってる奴(就職先を決めた人)が「お前も誰でもいいから付き合えばいいじゃん。相手が見つからないって言うのはお前の努力が足りないからだよ(適当にどこでもいいから就職先決めろよ)」って言ってくる訳です。でも好きでもない女の子とは付き合えないし、かといって片思いも諦められないし、浮気できるような甲斐性もない、そんな状態の子達が就活の負け組として取り残されていくと。もちろん自由恋愛な世の中ですから、若いうちは色んな人とお付き合いしてみたい(契約社員)っていう人もいていいし、何ならセフレみたいな一種の限定的恋愛(フリーター)だってありなんでしょう。でも、若いうちに色んな男と遊んでた女とわざわざ結婚してくれる男が存在するかはわからないし、セフレは永遠に恋人になり得る事はないのです(非正社員型の労働形態による、雇用の流動性)。そしてそういう人達を食い物にするのは、やっぱり一部のイケメンさん達(ここでは有名企業の事)なのですね(労働形態の非正社員化は、突き詰めれば企業側の利益にしかなり得ない。企業への忠誠心の低下等の問題点も浮上してきますが、ここでは触れないでおきます)。


こうして徐々に負け残っていったフツメンやブサメン達は恋愛する機会すら与えられないまま、劣等感だけが募っていきます(内定が出ず、就労機会が与えられない)。近年は景気が上向きのため、就活戦線は空前の売り手市場だと言われています。しかしその実、内定の数は出ているものの、結局はイケメン層が一夫多妻制の要領で多数保持しているに過ぎません。これを打破するためには、就活とは恋愛であるという幻想・理想を捨てなければなりません。つまり就職とは義務であると、けっして権利ではないのだと自覚しなければならない。要求ばかり高く、現実を見据えない女性達が結婚できないのと同じように。しかし人間というのは理不尽にできていて、夢だとか理想というものを捨てた瞬間に、生きる気力であったりそういう精神的な力が失われていってしまう。人間の心とはまったくもってとんでもないものだ!! そう思わないかい? ガキさん


とにもかくにも今の僕には将来の僕がどうなっているかなんてわからないし、今やりたい事と言えばはちゃんと卒論を書いてそれが新書になって出版される事くらいなんで、ただただそれをやるのみ。