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それにはあまり意味がない

明日の朝、目覚めるための夜の過ごし方。

私は如何にして心配するのをやめて道重さゆみを愛するようになったか。


道重さんの愛され力はすごい。「気遣い」の仕方がまるで銀座の高級クラブのお姉さんのようだ。こちらが思わず唸ってしまうような、そんな玄人肌の気遣いが出来る娘なのである(ちなみにこの例えでいくと、亀井さんはキャバ嬢で、がきさんが新橋の小粋で小さな飲み屋(あくまで飲み屋)のママ)。その細やかかつこちらが気づける範囲内で行われている心配りには、感心するとともに少々戦慄すら感じる。


有名な所では、毎年恒例のバレンタインコメントがあるだろう。

http://blog.livedoor.jp/okamip/archives/50400146.html


継続は力なりとはよく言ったもので、これは道重さんを見続けてきたものへの彼女のなりのご褒美である。道重さんは出来る女なので、お客さん毎にその接客を変える。客の性格を把握し、時にキャピキャピしたバカを演じて場を盛り上げることもあれば、聞き役に徹して的確に合いの手を入れる事もある。引かないし出過ぎない。どんな話題にもついていけるのは当然として、場の空気を壊さぬよう、いつの間にか酒のお替りを注いでいるし、客のタバコに火をつけている。タバコが切れそうなら、ボーイに先立って買いにいかせておく。それらの仕事をあくまで自然にこなしていく。客はそういうプロの気遣いを目の当たりにして「あぁ、この娘はわかってる子なんだ」という安心感を得るのである。この安心感とは完全に「年上キラー」特有の性質でもある。中澤裕子との相性の良さ(あくまで「仕事上」の)からもそれはわかるだろう。対して、亀井さんは恐らくどんなお客さんにも同じ様な接客しかできない。話題は良くも悪くも自分中心だ。しかし、その笑顔や言動には衒いがない(ようにみえる)。また通いつめて顔馴染みになればなるほど、素の自分を出してくる。それはキャラではない亀井絵里そのものである。道重さんが「素」の出し方をもコントロールしているのとは対照的であり、その計算のなさ(出来なさ)もやはり、年上キラーが持つ魅力の一つなのである。


さて、ここでこの映像を見て欲しい。

(道重)http://www.dohhhup.com/movie/nPfMnPega4F4ER0JsYFBdWviDKsGbtJw/view.php

(亀井)http://www.dohhhup.com/movie/Ms1tVRNu0zaMuWuJH8FxZHiurRgRhF5G/view.php


これは彼女達のコンサートでのパフォーマンスを個別に撮影したものである。この二つの映像の違いが、みなさんにも伝わるだろうか。注目して欲しいのは、彼女達の口元である。この二人のオーディション時の事を思い出して欲しい。六期は当初問題児として扱われており、振り付けを担当する夏先生にもかなり厳しく指導されていた訳だけど、そこで彼女達は「歌いながら踊る」という事を教えられていた。そこから数年経ち、あの時から比べれば格段に力をつけた二人。もちろん、本番中には歌を口ずさまずとも踊れるスキルは持ち合わせている。しかし、今回ソロで撮影が行われると聞かされた道重さんは、完全に意識して歌いながら踊っているのがわかるだろう。一方亀井さんはといえば、ところどころ微かに歌を口ずさんでいる。身に染み付いた所作が思わず出てきてしまった、とでもいう風情で。


これはもうどちらのスタンスがいいというものではなく、好みの問題なんだろう。少なくとも、この映像を見た夏先生がにやりとしている事だけは、疑いようのない事である。そしてまた鼻風邪気味なのか、鼻水をガマンしながらもクールにキメてる田中さんのプライドの高さと横顔の美麗さにヘキサゴン。