それにはあまり意味がない

明日の朝、目覚めるための夜の過ごし方。

2008神宮外苑花火大会


ふと気づけば、かっぽーやかっぽー未満の男女入り乱れる国立競技場前に来ておりました。何このアウェー感。同行者によるとこういう状態を「POP JAM状態」というらしい。以下、引用


「POP JAM状態」。一般人の前で、ヲタが散在する中、むしろ普段よりも気合入れちゃって自己顕示してしまう、「我々」を形成しようとするエネルギー。昔NHKホールの「POP JAM」で感じた懐かしい感覚だ。一般人を引かせろ、笑わせろ、というヲタ芸華やかなりし頃の空気感。

http://d.hatena.ne.jp/onoya/20080807


こんな説明を聞きつつ、来るベリキューライブの地獄絵図に一人身震いしていた私なのでした。会場に潜入し一息つくと、もろもろのパフォーマンスが始まる。少数のヲタが悪ノリしているものの、出演者も上手くかわすという状況だし、ヲタ自体もパッと見はパラパラ程度。この時点では、「ライブ始まって、一般の方に苦笑されちゃうんだろうなぁ」くらいの軽い考えしか頭になかったんです。このときまでは。そして、そして今思えば、ハロプロの核弾頭こと前田有紀さんが登場した時から悪夢は始まっていたのです。1曲目はかねがね噂には聞いていた「東京きりぎりす」。ここでもぱらぱらとヲタ芸が繰り広げられているものの、まぁ一般人が見て苦笑くらいなものであり、これくらいならよくある光景。2曲目の「相愛太鼓」がいけなかった。ここで完全にヲタが暖まっちゃったんですね。「ゆきどん」コールがピタッと決まった上に、しかも案外声量も大きく、ヲタの総数が多いことを「気づいちゃった」んですみんな。アウェーなんだけど「あえて」ヲタ芸をやるとか、一般人への「気づかい」のような、そういう感覚がここで薄れちゃったのかなと。つまり、「ホーム」のような(横浜アリーナとか厚生年金とか、要するにハロプロライブ会場)感覚をみんなが共有し始めたということで。そうなると、結論はもう見えてますよね。地獄です。


ここで一つはっきりさせておきたいことは、普段僕が地獄絵図だなんだって書いてるのは、基本ネタです。まぁ僕だって当然楽しんでます。でも、今回のイベントは本当に地獄でした。はっきりいって何にも楽しくなかったんです。別に、一般人から笑われるのが嫌とか、そういうんじゃないんです。多少、笑われてるくらいの方が気が楽だったかもしれません。少なくとも、僕の周りの人でヲタを見て笑っている人は一人もいませんでした。そりゃね、最初の内は笑ってる人もいますよ。特に若い人なんかは。でもヲタのボルテージが上がっていくと、そういった人も引いちゃってましたし。ということは、若い人以外の、例えば子供連れのファミリーなんかどうなのか。そんなもん、最初から完全に引いてますよ。ドン引きです。


でもね、別に観客のために金払ってるわけじゃないじゃないですかぶっちゃけ。正味の話、花火じゃなくて℃-uteBerryz工房を観にきてるんだから、盛り上がったっていいし、むしろ盛り上がるなみたいなこと言われたらそれはそれでおかしな話になりますし。別に立ったっていいじゃん、ハロプロじゃなくたってライブは立ってみるもんだったりするじゃない。別に大声くらい出したっていいじゃん、だってこれからもっと大きな音の花火があるんだし。別にヲタT着たっていいじゃん、一般人だってそんなにオシャレな奴ばっかじゃねぇんだし。別にフリコピしたってヲタ芸したっていいじゃない。でもさ、空気読もうよ。ねぇ、例えばフリコピしてる、ヲタ芸してるその手とか動きはさ、周りの人の迷惑になってない? 「自分の席なんだから何やったって勝手」とか、そういう屁理屈じゃなくてね? 本当に迷惑になってないの? 隣席の人とか通路を通ってる人の邪魔になってない? ないならいいんだけど。ねぇ、その大声さ、ちょっと名前呼ぶくらい周りの人も許してくれるって。でも、それ、何度も何度も何回も何回も叫ばなきゃダメなのかな。ちょっとウケ狙った感じのコールっていうの、MIXっていうの? それ、内輪以外でもおもしろいのかなぁ。す・ぺ・す・ぺ・しゃ・る・じぇねれーしょん! とかをダメっていってるわけじゃねぇしそれはもっとやれと。でもさ、誰かが奇声を上げるたびに、どんどんカップルとか家族連れが席を立ってるっていう現実をさ、もうちょっとだけ気にして欲しいなと。


「ご自分の席でご覧下さい」とだけチケットに書いてあったときに、「あぁ、これは当然立って大声をあげてフリコピをしていいということなんだ」と理解すること、それ自体がある意味「特殊」なんだってことを「意識」しているかどうか。僕の前方の席では、立ってるヲタに向かって後ろの席の人がちょっと声をかけてたんです。そしたら、立ってたヲタが振り向きざまに、大声で後ろの席の方に罵声を浴びせかけていました。「ご自分の席でご覧下さい」とだけ言われてたら、立って良い。だから、注意をしてきたら大声で怒鳴る。もちろん、こんなヲタが少数なことくらいわかってます。でも、精神構造として似通ったところがあるのもまた事実じゃねぇかなと。「良い」「悪い」っていう二元論で語るんじゃなくてね。


この席は一般人用で、この席はヲタ用。ヲタ席では何やっても構いませんが、一般席には一切来ないで下さい。みたいに、明確に主催者側がルールを設定し、さらにそれを厳格に適用する用意があることを示さなければ、ヲタ側では周りを気づかうことなんて出来ません、ってそれはいくらなんでも悲しすぎる。それってただのお子ちゃまじゃないか。つかそもそも「一般人」ってなんだよ。ヲタと一般人なんて区別はさ、自虐的なネタなんじゃないのか。本当にヲタ席・一般席って分かれちゃったらさ、もうそれって明確に、区別されちゃうんだよ。ベリキューが好きになったらもう「一般人」じゃないのか。そんなに特殊なものなのかベリキューって。いやそりゃ特殊だけどさ。でも、アイドルってそんなに敷居を高くしないと楽しめないもんなのかな。まぁそういう精神論とは別個のところで、来年がもしあるとするならば、席は区別するべきだとは思う。でも、わざわざそんなことまでしないとゲストに呼べないアイドルって、使い勝手悪いよなぁ。


どんなイベントでもアイドルの「ホーム」の環境にしなきゃダメなのか、という点も気になります。ヲタが盛り上げないと場が寒々しくなって演者が可哀想、っていうのは正論。でも本当に、大声出して叫んでフリコピして推しジャンプして、そういうの全部やんないと場が盛り上がらないんでしょうか。っていうか、そうまでして盛り上げなきゃいけないのか、ということです。本当は、「ヲタが」盛り上がりたいから、そのための自己弁護なんじゃねぇの、という疑問も常にあります。自分が盛り上がりたいんだと自覚してればいいし、それはそれで全然アリなんだけど、無自覚にそういう理論をばら撒いている人もいますからね。別にアウェーでもいいじゃん。1回や2回滑ったり失敗したほうがベリキューも伸びるんじゃね? ヲタの盛り上げ方・あしらい方ばっかり上手くなるんじゃなくて、こういう機会こそ、一般人に対してどうアピールしていくのか、自分のスキルの中で何が通用して何が通用しないのか、そういうことを一番肌で感じられるチャンスでしょ。ベリキューは、ハロプロは、もっともっと輝けると思うんだけどなぁ。


あと、俗にいうドリームってあるじゃないですか。自分の指定席以外の席で見る行為のことですね。もちろん禁止行為なのは「当たり前」なんですよ。なんですけど、個人的にはそれをしちゃう心情って理解できるんです。そりゃね、好きな人が目の前にいたら、少しでも近づきたいのって「当たり前」じゃないですか。でもやっちゃダメなんです。だから、やるんだったら、そこの葛藤があってしかるべきだと思うんです。それならまぁヲタ的に情状酌量の余地ありって感じだと思います。やっちゃだめなのは前提ですよあくまで。だからこそ、今回のイベントはあまりにもそれが酷すぎた。空席になってるところに数人で詰め掛けて大騒ぎしてるその感じ? 本当に虫唾が走ったし、あれと同類だとは絶対に思われたくなかった。でも、そんなことを思ってる間にも、ステージではメンバーがすげぇ頑張ってて、なんか申し訳なくて自己嫌悪みたいな感覚になっちゃったし。


僕が決定的に今回のイベントを楽しめなかった要因は、このドリームでした。僕の左後方のグループは、前に出てきただけじゃ飽き足らず、踊る踊る。ドリームだけに。階段にはみ出して通行できなくする。客とぶつかるぶつかる。仕舞いには階段を挟んだ反対側の空席まで進出してくる始末。しかもその空席というのは、既にその空気に耐えられなくなった家族連れの母親と子供が、一時的に席を離れて作られたもの。僕はもう我慢の限界に達して、そのヲタに向かって「邪魔!」と一度向こうに追いやったのですが、焼け石に水。最終的には、そのヲタが再びこちらに進入してきて、ふざけて寝転がった際、家族連れの荷物を踏み潰してしまい、遂にお父さんの怒り爆発。そのグループに詰め寄っていき口論に。そこでようやく係員も慌てて駆けつけるという最悪な展開。しかもそのグループもごねにごねて自分の席にすら帰らないし、スタッフには対して怒鳴りつけてるし。そんなん見せつけられたら楽しいもんも楽しめねぇよ。


どうにもこうにもいたたまれなくなってしまい、外に出ようとして上に上がると、通路ではスタッフに向かって苦情を言っている人・人・人。もちろん、「一般人が」「ヲタに対して」クレームを言っているのです。ちょうどその頃、ステージではスペシャルジェネレーションのイントロが流れ出し、もちろん「場内」は「大盛り上がり」でした。


そうして全てが終わると、じきに花火が始まりました。後ろの家族連れも、花火を見ながら楽しそうに会話を弾ませています。


「来年からは、花火が始まる時間に来ようね」



最後に、ヲタの、自分の傲慢さについて書きたいと思います。例えば、ヲタ芸でいうと、最初に引用した文章には「一般人を引かせろ、笑わせろ、というヲタ芸華やかなりし頃の空気感。」という表現があります。そんな空気感を出していいなんて、誰も許可してないんだよね。別に花火大会じゃなくても、POP JAMだってそうだと思うよ。指定席でさ、見たくもない他人の奇妙な踊り(ヲタ芸)を強制的に見せられてさ、カップルで来てたとしたら、そんなんで空気悪くなるの嫌じゃん。だからとりあえず「笑う」ことで空気をなごませてたりもするわけじゃん。それを「笑わせてる」って。そりゃ中には楽しんでる人もいるかもしんないけどさ、別に楽しませる必要がないのに楽しませるのと、ヲタ芸をしなければ嫌な思いをせずに済んだ人を比べたら、そりゃ嫌な思いをさせない、っていう方を選択するのがいいに決まってるじゃん。


でも、ヲタ芸やフリコピをしないと「自分が」満足できない、という人達に向かって、そんな精神は「傲慢だ」とは言えないんですよ。それは「花火」を見ないと満足できないという人達に向かって、そんな精神は「傲慢だ」ということと等しいですから。そう、花火だって近隣に騒音という公害を垂れ流している訳ですよ。世の中には、花火なんて見たくない聞きたくないという人がいます。そんな人に「強制的に」音や光をみせつけているわけです。私だって、単に今日のイベントで「自分が」嫌な思いをしたということを「一般化して」この文章を書いています。それもやはり、傲慢なのであります。


でもでもでも、悲しい言葉では何も変わらないんだぜ!!!! 今までの過去なんてなかったかのように、悲しみの夜なんてなかったかのように歌いだすんだぜ!!!!! 歌いだそうぜ!!!!!! ℃-uteBerryz工房が必死で歌って踊って、それを僕らが必死こいて受け止めて、それだけでいいんじゃねぇの。世界はそれを、愛と呼ぶんだぜ。傲慢も時には愛に変わるんだぜ。だからいつも愛は難しいんだぜ。