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それにはあまり意味がない

明日の朝、目覚めるための夜の過ごし方。

キョウノステキニッキ。

 

近頃 忘れたりしてない?

http://d.hatena.ne.jp/yakisoba0617/20070117/p2


娘。10年の新聞見開き広告について。娘。への視点に共通点を感じた。「10年にも渡るモーニング娘。のヲタを続けるというのは一体どういうことなのだろうか?」

離合集散や増減を繰り返し有機体のように変化を続ける「娘。」という集団を見続けようとすれば、当然コチラ側にもその変化に対応することが必要になってくる。たとえば、代変わり毎に飛び石のように推しメンを変えていくようなスタンス。メンバーチェンジする度に再生を繰り返し、それによって幾度かの断絶も飛び越えていく。あるいはひょっとすると、興味の源泉をそのシステムに置くことも考えられる。特定のメンバーに執着することなく、その時折の卒業と加入のドラマ自体に愛着を抱くスタンス。そこに感じるのは、状況に順応していく次世代ヲタ的なスマートさである。


誰某推しといったような点で彼女たちを捉えるスタンスというのは、今ではもう時代遅れなのだろう。そこに収まる形態では最早ないくらいの時間「娘。」という物語は続いてきた。今回の記事を会心の趣で眺めている人々というのは、いかなる過程であれ彼女たちを飽くなく見続けてきた人たちであって、多分それは彼らの特権であるように思うのである。