それにはあまり意味がない

自由に生きて、強く死ぬ。

「Dr.パルナサスの鏡」@六本木ヒルズ/監督:テリー・ギリアム


 幻想的な空気を身に纏うエロい役者勢揃いの夢芝居だったのです。ヒース・レジャーが白タキシードで仮面を被ってるんですよ奥さん。正装で彼が登場したシーンの華やかさったらないね。ハッとしたってのはこういうときに使う言葉なんだと実感する。僕たちの、いや俺のジョニー・デップはどうしたって「彼」のことを想わざる得ないシーンをやっぱりセクシーな表情をもって演じてました。今後「彼」は永遠に老いることはないし、映画というものは、想像力というものは死という概念すら「変えられる」という圧倒的なメッセージ。ジュード・ロウがいつの間にか役者として一段階ステップアップしててビビる。コリン・ファレルはキャラクターの本性が描かれる重要なパートを担っていたけれども、繊細さを野性で包み隠し、「業」というものを体現していたように思います。トム・ウェイツが悪魔役だなんてあんまりにもあんまりに完璧なキャスティングなので。あとリリー・コール師匠の乳は、ありゃあもう殺傷能力を秘めた凶器なんであって輸入を規制するしかないんじゃないか。なんか押切もえに似てたし。いやもうあれは押切もえだったんだろうたぶん。


 あらすじを語るのも野暮って類の映画で、まさにテリー・ギリアムの脳内世界を愉しめるか否かにかかっていたと思うんだけど、雰囲気としては以前のギリアムっぽいのかな。モンティパイソン的なシーンもあったりするし。それでもテーマを無理矢理端的にまとめてしまえば、少女の自立と親の独占欲についての話なのかなと。主人公の父親が悪魔から娘を護るために右往左往する物語なんだけど、少女が最期に下した決断は、悪魔に身を委ねるというもの。その結果として、娘は平凡ながらも幸せな人生を手に入れ、父親はそれをただ見つめるしかないというラストが象徴的。こどもは親の所有物ではないのだね。


 誰かの物語が終わったとしても、世界は多層的な構造であるから、物語は紡ぎ続けられ、だからこそ世界は在りつづけることができる。死は老いることのない世界への旅立ちであり、だから、死をもってしても僕たちの物語は止められやしないし、止まりもしない。あなたは永遠に僕たちの物語の中に在りつづけるのです。鏡に飛び込むように、映画というイメージの中に僕らが溶け込む限り、あなたはそこに生き続けます。ヒース、また映画の中でお逢いいたしましょう。それでは。(2010のえいが その2)


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